2009-10-16
岩魚づくし!




 滋賀県多賀町……。
 滋賀県でもっとも古く由緒ある神社、多賀大社でしられ、鈴鹿山脈の麓、山あいのにあるちいさな町というイメージである。

 暮れなずむ時刻……。
 迎えにやっえきたマイクロバスは曲がりくねった山ぞいの道路をかなりのスピードでどんどんのぼっていった。10分、20分……。最初はあちこちに工場もあったが、やがて森林のあいだにさしかかるころ、あたりは闇につつまれてしまった。

 道路の左右におりかさなっていた集落をすぎるとあちこちに散在していた人家の灯りもなくなった。闇また闇のなかをマイクロバスのヘッドライトはきりゆらくようにどんどん突っ走る。いったいどこえ連れて行ってくれるのやら。不安になってきたのか同乗者のだれもが口をとざしてしまった。

 黙ってしまった乗客にかわって運転手がボソボソと話しはめた。自分はもともとは大工であったこと。50歳のときに大工をやめて、店をはじめたのだが、自分ひとりで周囲の山から間伐材をあつめてきて建築した。……

 岩魚料理の専門店で、養殖から料理にいたるまですべてひとりでやっている。岩魚の塩焼、刺身、甘露煮、南蛮漬、天ぷら、ムニエル、いわな寿司のセット、冬場になると鈴鹿山脈で獲れる猪鹿ちゃんこ鍋、ぼたん鍋など……。

 舗装道路がとぎれたのか、いつしかバスは砂利道を走っている。道なき道ではあるまいが、どうやら林道のような道にさしかかっているらしい。凹凸があるらしく、やたらと細かい上下動にほんろうされながら、店主の話を聞いているうちに、マイクロバスはログハウスのような家屋のそばで停まった。

 民家風の建物のわきをえぐるように渓流が走り、薄闇のむこうに小さな滝があるのがわかる。暗くてよくみえなかったが木造りの生け簀には岩魚がいるらしい。そこをぬけると納涼床のようなものがある。能舞台もどきに立派じゃないの……というと、「わたしが造った」と店主はまた自慢した。

 細長い座敷にはすでに膳がしつらえられていた。岩魚料理のコースである。岩魚の甘露煮がどかんとまえにあり、お通しのつもりか、ワカサギの飴炊き、岩魚の刺身は一匹分が一人前にになっているらしかった。それにしてもよほど、どでかいヤツだったのか。いくら食ってもなくならないほどのボリュームであったが、この刺身は適当に油がのっていて、なかなかのものであった。

 さらに……、下味をつけた鹿の肉と地鶏がテーブルにならんでいる。網焼きにして、ニンニク仕立ての味噌タレで食べるのだと……。

 ビールで乾杯してやがて、みんなが焼酎のお湯割りをやりだすころ、ふと後ろをみると店主が手網で生け簀から、なにやらすくっている。よくみると鰻ではないか。鰻をどうするのかと思っていると、やがて店主は大きな皿をもってやってきて、「はい、うなぎのバーベキューです」という。

 皿のなかで鰻はまだ動いていた。店主は蒲焼にするのとおなじように捌いて、一口サイズに細かく切りそろえてきたのだが、鰻は切られてもまだヒクヒク動いているのである。網焼きとおなじように小さな炉でやいて喰え……というのだが、動いている鰻を箸ではさんだのは初めてだった。

 あとは岩魚の梅酢シメ、さらには岩魚のフライ……。岩魚づくしもここまでくると立派なものである。

 だが……。
 もう、しばらく、岩魚は食いたくないな……。帰りも店主は同じマイクロバスでホテルまでおくってくれたが、ふとそんなふうに口のなかでつぶやいていた。



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