2008-03-31
あらかじめのチンシャとは笑えるぜ!

 ガソリン税の暫定税率維持をもりこんだ租税特別措置法改正案がとうとう年度内に成立しなかった。成立しなかったというよりも、もともと与党・自民党すらも成立させるつもりがまるでなかったわけで、すべては想定内の出来事でしかない。

 したがって4月1日からガソリン価格はさがる。ところが……。ニュース記事をみて唖然とした。フクダなんとかいうこの国のソーリが、ガソリン価格が下がることによってもたらされる混乱について国民に陳謝するというのである。

 ガソリン価格が下がる……というのは国民のひとりとして大歓迎である。フクダ某は何もしなかったがゆえに混乱を招いた本人であるが、これからもずっと何もしないでいてくれたら、許してやってもいい……と静観していた。

 ところが陳謝する……という。いったい何のための陳謝なのだろうか。突き詰めてよくよく考えると、フクダ某の陳謝は、これから勃発するであろう「混乱」にたいする陳謝であることがみえてくる。

 政府与党はかねてより、税率を元にもどすため同改正案の衆院での再可決をやろうとしている。再可決すれば、ひとたび下がったガソリン価格がまたまたもとにもどる。1ヶ月でモトモモクアミ……である。ソーリは1ヶ月後の混乱に対してあらかじめチンシャする……というわけだ。

 フクダ某の陳謝は、陳謝といえば聞こえがいいが、要するに頭をさげるふりをして「再可決するぞ」と国民に対して宣戦布告しているのである。 そこらあたりは、おとぼけのフクダ某の真骨頂というべきかもしれないが、なんともはやチンシャとは片腹痛い……。



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2008-03-30
その昔、ぼくは平安の追っかけをやっていました!

 センバツ高校野球(=正式には第80回選抜高校野球大会)は第9日目である。今年はどこが強いのやら、さっぱり分からない。優勝候補といわれるチームがベスト8にさえ残れないで消えてしまった。駒大岩見沢しかり、横浜しかり、常葉菊川しかり……。

 今朝はランニングからもどってきて、平安(京都)- 鹿児島工(鹿児島)戦をじっくり観戦した。同カードは2日まえの7日目におこなわれ、延長15回引き分け、再試合が今日の第一試合だったのである。

 2日まえも延長戦にもかかわらず、まんじりともせずにテレビ観戦していた。平安は守備の乱れに乗じられたうえ、再三の勝機を拙攻でのがして、かろうじて最後の15回裏をしのぎきった。

 15回表、平安がゼロで攻撃を終え。「本日の平安の勝ちはこれでなくなりました」というアナウンスを耳にしたとき、「これは、なんとも非情な宣告だなあ」と思った。

 守備に不安あり、決め手に欠ける……というもどかしさ。再試合は乱戦になるかと思いきや、息詰まるような接戦に終始した。平安は鹿児島工の投手(石堂?)に緩急で攻められて攻めあぐんだ。平安は4回のツーアウトから3塁打のあとのタイムリー……で1点をとったものの、5回からはランナーが一人も出ないというありさま……。

 平安の投手(川口?)も負けじと踏ん張った。2日まえの疲労もなんのその、スライダーが効果的で終わってみれば散発6安打で1点もやらなかった。4回の1点をまもりきったのである。投手戦というよりも貧打戦……というべき内容だったが、まあ、とにかく勝てばいいのである。

 ぼくはまえにも書いたが、中学生のころまで、平安の追っかけをしていた。自宅が京都の下京区にあり、平安高までは歩いておよそ10分ぐらいだったから、学校か帰ってくると練習をよく観にいってていた。だから、今でも平安が出てくると無性に気になる。

 今大会は平安にとって2つの意味で節目を迎えている。ひとつは野球部創部100年にあたること、それゆえに選手たちは赤文字で「100」と刺繍されたユニホームを着用している。

 もうひとつは4月1日から校名が変わる。「龍谷大付属平安高校」となるため、「平安」としては最後の甲子園……である。春夏通算65回の甲子園出場を誇る伝統校「HEIAN」のユニフォームも今回かぎりになるというのである。おそらく校歌も変わるのだろう。

 選手たちはまさに「HEIAN」としての最後の戦いをできるだけ先送りしようと死力をつくしているのだろう。1-0 という今日の試合、その粘りになみなみならぬ意気込みを感じた。

 平安の校歌をもいいちど聴いてみたいと思うのだが、次の準々決勝で当たる相手は聖望(埼玉)である。現在は埼玉に居住しているぼくとしては、どちらに寄り添って試合を観ればよいのか? 迷うところだが、やはり童心にかえって、平安……だろうな



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2008-03-29
樹齢140年 枝垂れ桜!



 所沢市の三ヶ島(堀之内)に金仙寺という真言宗の寺院がある。所沢市の天然記念樹になっているという枝垂れ桜、樹齢140年になるといわれている。
 界隈はぼくのランニングコースになっている。桜の開花は都内にくらべて4~5日遅れるのが通例だから、まだちょっと早いかな……と思ったが、おりからの好天にさそわれて境内に走り込んでみた。





 本堂のまえの狭い境内いっぱいに枝を伸ばす枝垂れ桜……。満開に咲ききるまでにはあと2~3日というところだが、桜はこのくらいのほうが色合いが濃くて美しい。穏やかな春の朝陽をあびて、よく晴れた空を淡いピンクで彩っていた。明日は桜祭りがおこなわれ、獅子舞や津軽三味線などの催しがあるという。




 金仙寺のちょうど裏側には個性派俳優として著名なあの俳優の左卜全の墓がある。卜全さんは「生きる」「七人の侍」などの映画では、いかんなく名脇役ぶりを発揮した。そこは三ヶ島家の墓苑になっているのが、入口には墓のまえには古びた冠木門がある。かって世田谷にあった左卜全の居宅の門をそのまま移築したものだという。
 冠木門には芸名の「左卜全」と本名の「三ヶ島」(=三ヶ島一郎)の2つの表札がある。いまにも朽ち果てそうな年代物の門構えだが、どこか風情があっていかにも卜全さんらしい。





 金仙寺を出て青梅街道にもどってくると、そこに中氷川神社があり、境内には三ヶ島葭子の歌碑がある。「春の雨 けぶる欅の梢より をりをり露の かがやきて落つ」という一歌が刻まれている。中氷川神社の宮司は代々三ヶ島家がつとめている。葭子と一郎の父親の生家にあたり、そこ歌碑がつくられたのはそういう縁からである。

 中氷川神社を出て青梅街道沿いに東へゆくと昨年完成した早稲田大学競走部の合宿所がある。箱根駅伝で活躍したスーパーエース・竹澤健介をはじめ駅伝部のメンバーたち全員入所していて、そこから所沢キャンパスに通っているそうな。

 ぼくは毎朝もそこから100m先の交差点を右に折れた。500mぐらいつづくだらだら坂を一気にかけおりる。平地になったところでさらにピッチをあげて、いつものように最後の500mぐらいで全力疾走にうつった。吐息はハアハア……で一杯一杯だが、脚のほうはいくぶん余裕がある……。あえてそういう状態をつくってランニングを終えるようにしている。  



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2008-03-28
開花宣言!


 開花しました! 
  しかし……。
 桜ではありません。 
 梅一輪……でもありません。 
 桃一輪です。 
 なんとも、しょぼい花ですが……。

花桃の蕊(ズイ)をあらはに真昼時  飯田蛇笏



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2008-03-27
ある女性レーサー勇気ある挑戦!

 男女が全く同じ条件で覇を競う。そんな競技スポーツはあるだろうか? おそらく競艇だけではあるまいか。競艇には男女のわけへだてというものがないのである。

 そのせいというわけではないだろうが競艇は選手同士が結びつくことが多く、夫婦共働きのケースもめずらしくない。あるいはシングルマザーとして競技生活をつづけている女子選手もいる。

 佐々木裕美はそんな選手のひとりである。昨夜フジテレビの「すほると」で佐々木が登場、波乱万丈の生きざまがドキュメンタリータッチで紹介されるのをみていて、「そうか、あれからもう一年たったのか!」と思った。

 佐々木の初出走は1999年である。2002年9月津競艇場の女子戦で初優出、2003年5月に唐津の女子リーグで初優勝(唐津)とまずは順調な足どり……。2004年11月に同期生の坂谷真史と結婚、競艇界に美男美女カップルの誕生と話題になった。

 佐々木は結婚後まもなく産休に入り、一児(長男・凱くん)をもうけてから、2006年1月の多摩川競艇場・オール女子戦でレースに復帰した。そして2日目のメインレースで女子のトップに立つ日高逸子、横西奏恵らを5コースからツケマイで沈めて、復帰後の初勝利をあげている。

 佐々木裕美と坂谷真史はおしどり夫婦レーサーとして将来を嘱望されていた。坂谷は今垣光太郎に次ぐ福井の看板選手となり、佐々木も女子のトップクラスにのぼりつめた。だが……。そんなときに思わぬ奇禍に遭遇することになる。

 2007年の2月……。坂谷真史はトップレーサーが集う住之江の「太閤賞・開設50周年記念」という晴れ舞台に出走がかない、佐々木裕美も女子選手としての最高の舞台である「女子王座決定戦」に出場がかなった。

 悲劇は住之江の最終日2月26日にやってきた。第3レースに出走した坂谷は2,3着争いをしていたが、2周目の第1マークで内側から激しく迫ってきた6号艇に押されて横転、そこへ後ろからきた3号艇が乗りあげたのである。救助艇に水面から引き上げられたが、坂谷はすでにして心肺停止状態だった。

 佐々木裕美は事故当時、山口の徳山競艇場にいた。翌日から始まる女子王座決定戦にそなえて、前日におこなわれる検査に臨んでいたのである。午前10時すぎに競艇場に到着した彼女は、持ちまえの明るさで、「頑張ります」と抱負をかたっていたが、正午すぎに夫の事故を知らされたのである。同シリーズを欠場することにして、ただちに大阪に向かったが、その途中で坂谷の死亡を知らされたというのである。

 身近な者、しかもわが夫が事故による不慮の死をとげた。同じ競艇選手ゆえに衝撃ははかりしれないものがあるはずだ。おそらく佐々木は競技生活にはもどれないだろう。そのまま引退してしまうにちがいない……と思っていた。

 ところが……。佐々木はそんなぼくたちの思惑をあざわらうように10月(13日)に復帰を果たした。さらに……。驚くべきは復帰戦となる競艇場に住之江を選んだことである。夫の坂谷真史が事故死したあの住之江競艇場で復帰を果たしたのである。

 夫と一緒に参戦するつもりで、あえて住之江を選んだ。自分が走ることによって、ファンの方々に坂谷を忘れないでほしい。そういう思いで水面に帰ってきた……というのだから肝がすわっている。

 初日の1レースを走り終わった彼女は「これで吹っきれました。もうどこでも走れます」と涙ながらに語ったという。そして4日目、みごとなターンぶりで復帰後の初勝利をおさめたのである。

 テレビ放送のあった同じ昨日の昼間、佐々木裕美は浜名湖で走っていた。オール女子戦の準優勝戦(10R)、3号艇での出走だったが、内側の池田明美に逃げられた。2コースの山川美由紀にもうまくさばかれて3着に終わったが、着実の地力はついてきているとみた。

 佐々木はあえて遺児をかかえてシングルマザーとしての選手生活をつづけることを選んだ。そろそろ3歳になろうという凱くんは、そんなママをどんなふうにみているのだろうか。かれが大きくなったとき、彼女自身が父親のことをどのように語るのだろうか。

 そして物心ついたころの凱くんはそんな父親と母親の生きざまを知ったとき、いったいどのように思うのだろうか。

 おそらく……。佐々木は自分たち夫婦の生きざまを誇らしくわが子に語るために、あえて競艇にもどってきて、死と紙一重のレースにのぞんでいるのだろう。テレビをみながふとそんなふうに思った。



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2008-03-26
まもなく開花!



 東京都内ではすでにして24日に桜の開花宣言がなされたが、わが仮寓のある武蔵野のはずれでは数日遅れが出るのが通例である。今朝、ランニングにとびだして近くの中学校の校庭にある桜をよくみれば、なんと桜が一輪,二輪……と花ひらいていた。

 開花宣言は五輪ぐらいが花咲いたとき……。ならば、明日あたりが開花日となりそうである。
 ところで……。本日記にかかげたある2葉の写真はいったい何なのか? おわかりだろうか? だいたい、そういう問いを発すること自体、何やらいわくありげで、妙にもってまわった物言いではないかと、お叱りを受けそうである。

 桜を話題にして、話をはじめたのだが、桜ではないのである。実は「桃」なのである。周囲では桜がすでに開花体勢にはったというのに、わが家の「桃」は、マイペースで知らぬ顔、ようやくにして蕾ほころび、咲く気になってきたらしい……のである。

 考えてみれば、昨秋、植えかけたうえに、ついでに自由奔放に伸びていた枝を無造作に刈り込んだ。春になっても一向に動くけはいもなく。枯れたのかな。今年は咲かないかもしれないな。あきらめるというよりも見捨てていた。

 ところが……、ひそかに蕾を育んでいたらしい。このところの陽気で、日ごとにぐんぐんと蕾が大きくなってきた。桜に先をこされた桃、遅ればせながら。どうやら明日になれば花ひらきそうである。



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2008-03-25
無謀なり! 高橋尚子の挑戦!

 レースとしてのマラソンを走る体力をつくるにはおよそ5ヶ月から6ヶ月ぐらいかかるといわれている。ところが2週間まえの名古屋かマラソンで北京五輪出場の道を断たれたあの高橋尚子は、昨日の記者会見で5ヶ月で3つのマラソン大会(国内3大女子マラソン)に出場するというとてつもない計画をあきらかにした。

 国内3大女子マラソンとは11月の東京国際女子マラソン、1月の大阪国際女子マラソン、3月の名古屋国際女子マラソンである。

 高橋尚子がそういう内容の記者会見をする……という話は3日まえぐらいに耳にしていた。まさか、ウソだろう……と思っていただけに、あらためて驚嘆するとともに、ある種の複雑な思いがした。

 高橋尚子本人が「ヤル」というのだから、傍からとやかくいうことはないが、ちょっとはげしい練習をすれば故障する体になっている現在、あまりにも無謀ではないか……と杞憂するからである。

 最近のレースぶりからみるかぎり、勝負を捨てての出走であることは明白である。2010年のベルリン世界陸上を本気でめざすというのなら、そんな暴挙をするわけがないからである。

 つまり……。高橋にとって国内3大会はラストラン……になるというわけだろう。そして、あえて高橋が出場に踏み切ったのは、人気者「Qちゃん」ならではの事情ゆえのことだろう。

 マラソンランナーとしての高橋は終わっているがメディアの商品としての高橋にはまだ終わっていない。いまだ利用価値がある。人気者ならではの事情というのは、そこのところである。

 高橋が出るかでないでは、テレビの視聴率が大幅にちがうだろう。だから、次シーズンの3大女子マラソンは、むしろテレビ局にとって甘い汁を蜜を吸うラストランになるというわけである。

 3大女子マラソンのテレビ中継をやるのはどこなのか。東京国際はテレビ朝日、大阪国際はフジテレビ、名古屋国際は東海テレビだがTBS系列である。

 高橋はラストランとしてどれかひとつを選ぼうとしたにちがいない。しかし周囲がそれをゆるさなかったというのはうがちすぎだろうか。高橋はもともと八方美人である。あちらを立てれば、こちがが立たず……。煩わしくなって、エイッ……とばかりに、3つとも出るといってしまった。真相はあんがい、そんなところだろう。

 プライドを捨てて走ることを決意した高橋尚子はなかなか見上げた根性である。ひたすら無事完走を祈るのみである。しかし偉大なランナーの痛々しい姿はあまり見たくはない。いくら走るのが好きだといっても、もっとちがった人生の選択があるはずだ。高橋にいま必要なのは「そんなのヤメロ!」と声を大にして叱りつけてくれる存在ではないだろうか。



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2008-03-24
死神に逢った!

 死神は音もなくすり寄ってくる。コイツに取り憑かれた最後、ツキはたちまち落ちてしまう。どんなにツイていてもかれに逢ったが最後、たちまち急転直下、深い闇の中に堕ちてゆくのである。

 誰が、何が死神であるか。あらかじめ分かっていれば、それはそれなりに対処のしようもあるが、たいていの場合は後になって、「そういえばアイツが死神だったんだ」と気づかされることが多い。そういうかたちでしか出没しないから、なんとも始末が悪いのである。

 昨日、ひさしぶりに死神に逢った。競馬の話である。ぼくは競馬や競艇の当たり、外れ……については原則として日記やBlogに書かないことにしてきた。予想もほとんど書かない。たまにビッグレースのときのみ、予想ではなくて自分の買う馬券や舟券を明らかにする。書くときはかなり自信のあるときだ。しかし、投資金額は書かないことにしている。

 しかし、負けたときのみ、備忘録として記録にとどめておくことにする。競馬や競艇の収支については、家計簿のように収支決算しないことにしているが、負けたときはやはり悔しさが残る。そこで死神に逢った記録としてとどめておこうというわけのなのである。

 先週はあの武豊が死神になった。競馬を知らない人でも知っているあのJRAのナンバーワンジョッキー・武豊である。昨年の11月には通算3,000勝を38歳7ヶ月という史上最速で達成。重賞は250勝、G1は160も勝っている。いまや前人未踏の境地をゆく騎手なのである。

 武豊の連対率(=連勝馬券にからむ確率)は2007年が37.2%、今年は36.3%、つまり3回に1回以上は、確実に馬券に絡んでいる。しかし1番人気の馬に乗ったときは約55%というから、その信頼性は驚異的である。  先週の土曜日も日曜日も武豊はメインレースでは一本かぶりの人気馬にのってきた。土曜日は阪神の11レース「仁川ステークス」、日曜日はG2の「阪神大賞典」である。

 土曜日の仁川ステークスは、セイウンプレジャーでの出走だった。セイウンプレジャーはユタカが乗って断然人気とはいえ、いまひとつ信頼できなかったので、迷ったあげくぼくは同レースを買うのをやめにした。  結果的にいえば阪神を回避して、中山のメインで勝負したのが正解だった。セイウンプレジャーはスタート、道中ともにいいところなく、最後の直線に向かってもまったく伸びなかった。

 日曜日は阪神11Rの「阪神大賞典」(距離3000m)、ユタカは実力馬・ポップロックに乗っての登場であった。オッズは1番人気で2倍見当だから、ここも断然の1番人気である。ポップロックは3ヶ月ぶりの出走、これが気にかかった。さらに騎手のユタカについては前日の負けっぷりが気にいらなかった。

 だが、ユタカが1番人気で2日つづけて外すことはあるまい。まして騎手の腕がモノをいう長距離だ。前日の惨敗ぶりが最後まで気にかかったが、馬券は迷うことなく格上のポップロックから、複勝を厚めにして、単勝、馬単……と、合計で10,000円を投じたのである。

 結果は……。ユタカが死神……だったと思い知らされた。ポップロックはいまひとつ伸びきれずにクビ差の3着に沈んだのである。かくして武豊は2日連続で1番人気で敗れた。まさかリーディングジョッキーが死神になろうとは夢にも思わなかった。まあ、女神になるときもあるのだから、しかたがなかろう。

 死神はどこにでもいる。誰でもが死神になる。ウインズで声をかけてきた見知らぬ男のときもあるし、すれ違いざまに足を踏まれた男であったり、あふれるばかりの微笑で迎えてくれたサービスステーションの可愛い女の子さえも……油断できない。

 そして……。死神におびえているぼく自身も、見知らぬ誰かさんにとってはとんでもない死神になる。いや、すでにして、もう、なっているかもしれないのである。



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