2009-01-29
さようならウサギ!

さようならウサギ!

 アメリカの現代文学を代表する存在というべきジョン・アップダイクが27日に肺ガンのために死んだという。

 アップダイクは影響を受けた作家というわけではないが、熱心な読者であったと自負している。とくに「ウサギ」とよばれるハリー・アングストロームを主人公とした『走れウサギ』『帰ってきたウサギ』『金持になったウサギ』『さようならウサギ』の四部作は、翻訳本が発売されるたび、すぐに買ってよんだ。

 高校時代に「ウサギ」と異名をとったバスケットボールの花形だったハリー、勤勉なサラリーマンとして登場するのが『走れウサギ』である。家庭の落ち着かない妻との空虚な暮らしにたえられなくなって、やがて飛び出してゆく。

『帰ってきたウサギ』では欲望のおもむくままに彷徨したウサギの姿がある。あれやこれやののちに、妻のもとにかえってきたウサギ、印刷工として地道にはたらきはじめる。

『金持ちになったウサギ』では、そんなウサギも中年になっている。ちょうど、うまい具合に義父が死んで、義父の自動車ディーラーをうけついだ。経営者というわけだが、自動車業界は、おりから第一次石油危機がやってくる。燃費の悪いアメリカ車は敬遠されるが、ウサギは日本の車をあつかっていたから、たちまち大金持になる。だが息子のことで頭をなやませる。息子は親のウサギのとおった道をたどっている。そして、ひそかにしにびよる死への予感……。

『さようならウサギ』はシリーズの完結編である。五〇なかばになったウサギはトヨタの代理店を息子ネルソンにゆずり、悠々自適の生活……。だが心配の種ばかり。息子はドラッグにまみれ、借金をつくってしまう。妻のジャニスは働きに出たいと言いだすありさま。ウサギ自身は心臓病という爆弾をかかえている。
 若いころから女性遍歴をつづけたウサギの生涯、その最後をかざるのは、絶望して自暴自棄になった息子の嫁プルーとのたった一回の情事であった。

 1960年から2000年あたりまでのアメリカ、アメリカのちいさな町に暮らす中流家庭の日常が克明に描かれており、ウサギの生きざまを追うことによって、アメリカの歴史がうかびあがるというしくみになっている。ウサギはアメリカそのものだったとみることができる。

 各作品に登場するウサギの年齢が、ぼくの年齢とほぼ同じだったせいもあるだろう。主人公に共感をおぼえることがおおかった。とくに現代アメリカの秩序というものに背を向ける『走れウサギ』は刺激的だった。

『帰ってきたウサギ』以降の作品は、『走れ……』の新鮮な感動にはおよばなかったが、、ぼくはウサギとともに走り、ウサギともに歳をとってきた……という思いがする。不思議な懐かしさすらただよう作品なのである。



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