2008-11-17
もうひとつの「おんなの戦い」

東京国際女子マラソンは世界で初めてうまれた国際陸上競技連盟(IAAF)公認の女子マラソンだった。

 東京都知事の石原某の謀略により「東京マラソン」へ統合されることになり、歴史と伝統ある大会ながら、昨日おこなわれた30回大会をもってうちきりとなった。

 最後の大会はくしくも、日本マラソンのあたらしいスターを模索する大会となった。レースは候補筆頭の渋井陽子が、かねてから彼女みずからいうようにスタートを「バーン」といって、中盤までは独り旅……。

 ところが魔の30㎞をすぎ、かつて高橋尚子が失速するなど、数かずのドラマを生んだあの37㎞すぎから坂でおおきくペースダウン、最後の最後であたらしい女王をめぐって、壮絶な戦いがくるひろげられた。

 選手たちの死闘とは別に、もうひとつ激しい「おんな戦い」がくりひろげられていたのをみのがすことはできなかった。第一放送車に解説者としてのっていたかつてのスーパーエース二人の新旧交代のバトルである。

 マラソン・駅伝の解説者といえば、男子は金哲彦、女子は増田明美……というのが定番で、いまや他の追従をゆるさない存在である。

 とくに女子の増田明美の解説は秀逸である。冷静にして的確、必要かつ十分にして過不足がない。ひごろからよほど綿密な取材をかさねているさまがよみとれる。話し方も必要以上に熱くならず、だからといって投げ捨てるとこももない。たいへん耳ごこちがいいのである。

 何よりも上から目線でモノをいうところがない。上位の選手だけでなく、後続の選手にたいしても気配りをわすれない。さすがに天国と地獄を体験したかつてのトップランナーならではの視点があって、なっとくさせられるケースが多いのである。

 彼女はかつて、有森裕子が引退したとき、解説者として危機をかんじていた。有森はなんといってもオリンピックのメダリストである。有森がくれば、自分の座はなくなるだろう……と、みずから冗談まじりに語っていた。

 だが、有森の第一線を退いてひさしいが、いまだに増田明美のメイン解説者の地位はゆるがない。それは彼女自身のただならぬ努力によるものであろうと思う。

 ところが……。こんどこそ、増田明美の王座にも風雲急を告げてきた。あの高橋尚子が参入してきたのである。

 昨日の第一放送車には増田明美のほかにゲスト解説者として高橋尚子がくわわって、ダブルキャストになっていたのだ。これはメイン解説者の世代交代を前提にしたテスト登板というみかたもできるのである。

 老練な増田明美と新参の高橋尚子、解説者としてくらべるのは酷な話である。だが近い将来、高橋尚子が増田明美にとってかわる可能性が十分あるとみなければなるまい。マラソン・駅伝のファンとしては経験ゆたかな増田明美のほうが安心して聴けるのだが、テレビ局側の判断基準はちがう。解説のなかみよりも視聴率に重きをおくだろう。

 増田明美と高橋尚子、昨日はたがいに、笑顔で相対していた。だが、おだやかな笑顔の裏側でくりひろげられる火花散る「おんなの戦い」がほのみえて、そちらのほうも、なかなかおもしろかった。



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