「なんでも、はじめは、やったことがないから、大そうな気がするものです。それを、まあこんな事までしなくてはならないのか、と思ったら、もうあと厭になるだけで、これでは損です。一ぺんやったら、二度目はずっとらくになります。三度目はもう手に入って、こんなことは、あたりまえのことになって、はじめ、どうしてあんなにたいそうに思ったのか、おかしくなります。」
なかなか味わいの深い言葉である。いったい誰の手になるものなのか? ヒントをひとつ差しあげよう。茶懐石などの手法をとりいれて、日本料理のグレードアップに大きな役割を果たし、料理人として史上初めて文化功労者となった人……。
もうひとつ……。日本料理の名亭「吉兆」の創業者……といえば、もうおわかりだろう。東京サミットの料理担当にもえらばれ、世界的にも知られる料理人・湯木貞一である。
冒頭にかかげた一文は湯木貞一著『吉兆味ばなし』(暮らしの手帖社)から抜粋したもので、「高野どうふをもどす」というくだりの一部である。
先に食品偽装表示などが問題になった船場吉兆の社長・湯木佐知子は湯木貞一の三女にあたる。昨秋からの相次ぐ不祥事で民事再生法にすがってしがみついていたが、とうとう5月の28日になって、再建を断念して廃業にふみきることになった。
「食べ残し」の使い回しという一流料亭としては考えられない不祥事が、次つぎに明るみに出てきては、、どうしようもなかろう。「ささやき女将」こと三女の社長は「のれんにあぐらいをかいていた」と謝罪したが、事はそういう問題ではなかろう。飲食店として、基本的なモラルにかかわる問題なのである。
船場吉兆の経営者として問題を起こしたのは娘や孫どもだが、どうもオヤジさんが偉すぎたようである。名人としての含蓄のある教えも、不幸にして自身の子どもや孫には伝わらなかっただけでなく、ねじ曲げて理解されてしまったらしい。
事もあろうに……。「偽装」にしても「食べ残しの使い回し」にしても、「一ぺんやったら、二度目はずっとらくになります。三度目はもう手に入って、こんなことは、あたりまえ……」というようにとらまえてしまった。
名人の誉れ高いがゆえに湯木貞一は、バカな娘や孫どもを遺したのは、ひとえにわが不徳のいたすところ……と、きっとあの世で断腸の想いをかみしめていることだろう。
Takehisa Fukumoto's essay and column studio
2008-05-29
不肖の娘と孫! 名人はあの世で断腸の思い!
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このBlogは小説書きの福本武久が「京おのこ」としてmixiにアップしている日記を再録したものです。
筆者が「見たこと」「聞いたこと」「考えたこと」を備忘録がわりにランダムに書き記してゆきます。自身の書く小説の舞台裏だけでなく、30年間追っかけている「駅伝・マラソン」のこと、仕事をはなれて、「競馬」や「競艇」についてのトピックやエッセイなど……。
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